My logbook : 屋久島方丈記 
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  日誌編 (with photo) ・ 偏見ご免のたわごと編  
  たわごと編: No.69  
  2011.09.19 道路環境の維持  
 
  近所に別荘が出来て不定期に時々数ヶ月間くらい滞在するある人が、この近辺の人は路側の草木を払うなど道をきれいにすることを何もしないと誰かが言っていたと私に言った。そのこの近辺の人の中に私も入っているのにそこまで考えずに不用意に言ったのだと思うが、自分もそう思うと言いたげな様子が少し気に障った。そこで私は気づいた人間が自分でやるしかないのだと、暗に文句を言う前に近辺の人でもあるあなたがやればよいと皮肉ったものである。

家を建てそこへの通路がまがりなりにも通れるようになっているのは、近辺の人の一人である私が時折道に被さる草木を払っているからである。そういう出来上がった環境に来て何もそういうことに貢献していない人に非難される筋合いはない。農道は年一回区の行事で草払いがある。しかし農道からわが家へ至る道は誰かがやっていなければ今の状態は維持されないのである。

その道を通る人の家はわが家を含め9軒ある。しかし私以外やる人は殆どいない。その道沿いの空き地は不動産会社が管理しているらしく3年くらい前までは区の草払いに同期して年一回草払いをしてくれていた。しかし屋久島の事業所が閉鎖されてからそれもなくなった。私は引っ越してきてから17年になるが今まで道に被さる枝を必要を感じる都度枝払いして宅配便の車が支障なく通れるくらいにして来た。草も気になったら払うか除草剤を撒いてきた。農道への出口はT字になっているが、妻に車で出るとき左右の見通しが悪いと言われればその都度枝切りや除草剤散布をしてきた。

わが家への往来に支障ないようにとやっていることが他の家の人にも役だっているはずだが、私はそれを誰も手伝ってくれないと文句をいう気はない。それより別荘などで台風の怖さを知らない人や事情を知らない人が、勝手に路側の木や境界の木を様子が変わるほど切ってしまうのは気になる。それらの木もここら近辺で維持されてきた環境である。それらの木の目的は防風林であり目隠しである。様子が変わるほどなら隣近所と相談すべきだという気がしてならない。

相談もなく勝手にやられるとそういう人にわだかまりあるいは我慢して内心疎んずる気持ちが生じる。ある人が移住したときの心得に近くの家とは深い付き合いはするな、付き合うなら離れたところの人にせよと書いていたのを見て、わだかまりをやり過ごす術として共感をおぼえたものである。挨拶程度で済ます近所付き合いがよいということのようである。草木の処理に限らず大声その他隣近所は気になるものである。わが家も隣近所に何らかのわだかまりを覚えさせている可能性もある。わが家は深入りする付き合いはしていない方だがお互いそういうことにしているのかも知れない。

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