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  日誌編  ・ 偏見ご免のたわごと編  
  たわごと編: No.493
 
  2018.12.10 AIには苦手らしい_長い文章の読み書き  
 
  先日ネットで遭遇したのだが、人工知能(AI)と文章力 という記事があって、ある識者は今の子どもの文章読解力が低いのは、読んでいる文章が短いからだ。長い文章を読み書きする能力の有無が将来の職業をわけると指摘して、短い文章の読み書きばかりではAIに仕事を奪われてしまうと心配しているらしい。その言うところを、この記事と関連する記事などから私が自分なりに感じたようにアレンジすると以下のようである。

AIに奪われない仕事としては、コミュニケーション能力や臨機応変さといった能力が求められる仕事と言われているが、その他に長い文章を読みまた長い文章を書く力が必要な仕事も考えられるそうである。ある仕事では相手が納得できるレベルの論理的な文章をまとめなければならない。そのためには必然的に読んで理解をすべき文章は多くなるし、それらを理解した上で論理構成をきちんと整理して書く文章も長くなるからということである。

そしてその土台はとなるのは、まずは読解力だということである。学業に例えて言えば、算数や社会、理科などの正しい知識を持っていても、それら教科の試験で問題文を正しく理解する読解力がないと正解を導き出せない。現状、ツイッターで書き込みできる文字数は140文字、SNSの投稿などのメッセージも短く内容もコマ切れで、ひとつのことを長く説明しない。そういう環境ばかりに身を置いていては読解力は身に付かないということである。そして読解力をつけるには、やはり長い文章を読み込み、さらに自分である程度長い文章を書くトレーニングが必要だと言っているわけである。

文章で書くトレーニングと言えば、「屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:No.271・ホームページを発信し始めて15年近く(2015.03.09)」の中段に述べているごとく、私は自己満足のためとは言いながらホームページの作成を自分の成長のためのトレーニングとしてやっている一面もある。ネット記事や書籍その他の長い文章を読んで自分なりにいろいろな問題に対し自分なりにどう考えればよいのかまとめてみて、つじつまが合うように文章にしたりしているものがある。しかしそれで読解力が向上したか、そしてAI時代に生き抜ける力が付いたかどうかは分からない。


補足: 
AIとはどういうものか_これを書くのもトレーニング
AIという言葉を聞くと、人間と同じような知能を持ったAIを想像してしまうが、コンピューターのソフトウェアである限り数学的に論理、確率、統計で計算処理し得る範囲の知能に留まるということのようである。例えば言葉について言えば、それを言うひとがどういう意図で言い、そしてその意味するところは何なのか、そしてそれを受ける側がどうその意味を理解するかということになるのだが、その意味を論理、確率、統計で計算できるデータとしてAIに教える数学的道具はないということである。

AIになじまない能力としては、まず創造力が挙げられている。AIは与えられた既成情報を処理するのであって、ゼロから物事を形成することはできない。次にコミュニケーション能力。AIは人間と心を通じ合わせることができないので、組織をまとめることが難しく、AIが進化すればむしろ人間同士のコミュニケーションの重要度がさらに増える。そしてリーダーシップ。AIは明確なビジョンを掲げ卓越したコミュニケーション能力で人々を導いていくようなリーダーシップを発揮できない。人間との心の通じたやりとりができない限りAIあるいはロボットみたいなものがリーダーにはなりえないということのようである。

ところで、AIと聞いて私がいま気になるのは、私たちの社会や暮らしがどうなるのかということである。仕事がなくなるという話題ではサラリーマンの一部職種に関係しているみたいな印象だが、AIを研究開発し、またそれを利用する仕事に適応能力のあるものだけが幅を利かす時代になるというはなしでは困る。その他大勢にとっては職場であるいは家庭でもAIが組み込まれた環境になるとはどういうことなのか。あまねくAIが利用される時代になったら地方から都会まで、そして知能労働から肉体労働まで、それらの労働環境や形態がどう変わるのか、また人ごとに能力あるいはその分野に差があるものだが、それらの差によって人生にどう差が出て来るのか。誰もがいまよりはその差に悩むことはなくなるのか。

そして家庭生活はどうなるのか。AIが組み込まれた家にみんなが住んで食っていけるのか。そうなるためにはどんな仕事をしていてもそれなりの稼ぎを得られる社会にならなければ、AI化した家を持てず生活機器も買えずそしてシステムの利用料も払えない。わが家辺りの田舎はいまでもブロードバンドの速度は遅くOSのアップデートに四苦八苦、またスマホの電波状況も悪くネットの速度も遅い上つながらなくなることもあるしバッテリーの消耗もすごく早い。これら改善のためのインフラ整備は日本中あまねく等質になされるのか。いろいろいまの自分には理解できないことが多く、高度なAIが出現して仕事や生活に組み込まれた暁にみんな豊かな人生を過ごせるようになる社会や生活とはどういうものでいつごろのはなしなのか、私にはまだ想像できていない。


(関連記事)
屋久島方丈記・偏見ご免のたわごと編:
  No.271  ホームページを発信し始めて15年近く  (2015.03.09)
屋久島方丈記:
  About this site  (2013.02.28)

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