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  たわごと編: No.548
 
  2019.11.04 町長選挙現職三選_そして疑惑告発の動き  
 
  10月27日の町長選で現職町長が僅差の43票差で三選を果たした。ある町会議員のブログによれば、選挙前に町長に関する疑惑告発文書が出回ったらしい。どうも贈収賄がらみのはなしのようである。まだ感情的・攻撃的やり取りには発展していないようであるが今後どう進展するか興味はある。こういうはなしは、もう次はないという選挙近くあるいは任期に入ってくると、次のことを考えた権力争いのうごめきが出始めるということの証なのかも知れない。

私はその記事を、10年位前に前の町長にも疑惑告発があったことを思い出して見ていた。その告発内容は今回とは性質が異なるが感情的・攻撃的言辞が飛び交っていたようである。以下はその当時私が書いてお蔵入りにしていた感想記事である。

(以下、10年位前お蔵入りにしていた記事)
私は町長の疑惑告発の動きについては距離をおいてどう推移するのか眺めている。軟弱者の私は正義を追求するにしてもあまりに感情的・攻撃的言辞に接するとそれに全面的に同調することを躊躇してしまうのである。以下の例は吟味不足とは思うがその感じを説明するのにいま思いついたその訳の一例である。

以前人権問題で有名な正義の味方と目される中坊弁護士が債権回収機構かなにかの責任者になったことがある。そしてそのときの取り立て方のあくどさで告訴され裁判で負け、その後本人もその非を認めたということがあった。

債権回収機構というのは言わば権力組織でもある。人権派として評価されるほどの実績を積んできた人でも、その権力を行使する立場になると権力を乱用してしまうことがあるということである。だから、弱い立場の味方・正義の人がその正義を主張して罪を追及するに感情的なあるいは極端な攻撃的態度を見せると、その正義の味方が権力を握った暁にはその魔力に取り憑かれはしないかと警戒心が働いてしまうのである。

あるいはまた国民がその主張に熱狂的に同調して小泉政権が誕生したが、その後の施政の結果はその期待に反して国民の苦しさが増すばかりの趣である。あまりに一つの正義の言葉に熱狂して選択した新たな権力が、隠していた意図をあらわにして自分たちに牙をむくときもあるのである。言うこととやることは別かも知れないから、言っている事実は事実として見ながらも権力志向の有無や狙いについて冷静に見極めなければという気が抜けないのである。

韓国の大統領を見てみれば、選挙で新勢力に切り替われば必ずのように前大統領の罪状が追求され罪人になったりする。権力を握ればその支援勢力・身内が甘い汁を吸うのは日本だって同じである。これは例えば自民党を支援している勢力あるいは団体がいて、なぜ支援するかと言えば自分たちに有利な行政をして欲しいからである。法の規を超えるか曲げるかすることはないとは言えないのである。政権が変わればそれが白日の下に曝される可能性はある。以前から町長疑惑は取りざたされていたようだが、今の時点で告発ということは町長がいま落日の時にあるのかも知れない。

大統領なり政権なり町長がその権力を行使してうまく立ち回るか否かは紙一重である。人は弱いものである。私もたまたまその権力が手に入ればその目的が私欲的であるか否かを問わずうまく立ち回るかもしれない。そういう私のような類の人間は、自分が手にできない権力を行使して疑惑を招いた人に対してはやっかみもあってか非難の仕方がひどく攻撃的になる傾向があるというはなしもある。私は自身にそういう傾向を否定できないから、意識して傍観者に徹し黙って見ていようとしている。見ての判断結果はこれも黙って投票行動で表すことにしたい。
(以上、10年位前お蔵入りにしていた記事)


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  No.292  見えていないこと  {2008(H20).12.29]
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