My logbook : 屋久島方丈記 
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  たわごと編: No.549
 
  2019.11.04 オリンピック_それに頼らない振興策は  
 
  2020年東京オリンピックのマラソンと競歩が東京でではなく札幌開催に変更いうはなしになったようである。そうする場合どこが負担するのか知らないがものすごい追加費用が発生するようである。オリンピックはもうアマチュアリズムの理想は崩壊しビジネスイベントになって久しい。そして開催都市あるいは国家はオリンピック開催を都市や国家の振興策として誘致して来ている感がある。

東京オリンピック立候補もそういう発想がもとにある。都市や国家を振興させる壮大な構想を創造立案出来ないからオリンピックに頼って壮大な経済イベントを繰り広げるわけである。そしてビジネスショーの胴元IOCはショーの成功で商業化オリンピックを将来に渡って自分たちの利権としてが存続させたいような印象である。

私はもうオリンピックはいまのような規模を維持して行くには都市あるいは国家には負担になり過ぎて来ているという気がしている。それなりの計画で都市や国家の振興策として成り立っていればいいのだが、都市や国家の経済性にまで影響が及ぶとなればもうオリンピックを開催できる都市や国家は極めて少なくなる。国民が受ける恩恵に対し開催費用が大きすぎる気がしている。

わが国について言えば、東京あるいは日本が都民・国民が遍く恩恵を受けるような壮大な事業を自分で発想・構築できないから、オリンピックのような既存構想の一時的お祭りみたいなものを誘致して、その余禄に頼る安易な道を選んでいる一面があるわけである。万博だってそういう一面がある。もうそういうことは止めて、これからはそういうお祭りみたいなものと同じように、ひととお金をかけそれで国家・国民が遍くそして永く恩恵を受けるように都市や国家をどう作り上げて行くかという壮大で難しい課題に挑戦する気概を見たいものである。

補足: 札幌開催に変更_IOCトップの潜在意識が気になる
IOCに決定権があるという意味は、IOCが一方的に決めるのではなく、開催当事者の一つである国家・日本の都市・東京およびその他の当事者と相談や調整をした結果をIOCとして決定するということではないのか。それが小池知事の言う当事者OneTeamにおける当然のことだと思われる。然るにオリンピック開催を辞退すると東京がもう言えない時期のいまになってIOCが決定したことだと、黄門さまの印籠をかざすがごとく東京を恐れ入らせたやり方は都市・東京そして国家・日本を舐めたやり方である。根底にIOCトップの人種差別意識もありそうな気がする。


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