My logbook : 屋久島方丈記 
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  記載確認:2013.02.28  
  [作成者の概略紹介]
私は男性、1941年(昭和16年)神奈川県横浜市生れ。以後疎開、復帰、進学、就職、転職などで転居六回の後横浜市に定住二十数年。1955年(平成7年)横浜市から屋久島へ移住し現在に至る。
(関連情報: 屋久島生活の断片・発信者

[サイトの経緯]
2000年(平成12年) 「My logbook:屋久島生活の断片」サイトを開設
  ・「日誌編」と「偏見ご免のたわごと編」(日誌的記事とたわごと的記事)
  ・「SpinCom」(妻の手紡ぎ手織り仲間のグループ)関係の活動紹介
  ・「屋久島釣り場案内」(屋久島の磯釣り場所の案内)
2010年(平成22年) 「My logbook:屋久島方丈記」サイトを開設
  ・「日誌編」と「偏見ご免のたわごと編」
   (「屋久島生活の断片」から両編のみ本サイトへ移行)

2013年(平成25年) 「屋久島釣り場案内」を新サイトとして分離し開設

[現在のサイト構成]
「My logbook:屋久島方丈記」
    >>「日誌編」と「偏見ご免のたわごと編」(2010.06~の記事)
「My logbook:屋久島生活の断片」 
    >>「日誌編」と「偏見ご免のたわごと編」(~2010.05の記事)
    >>「SpinCom」関係の活動紹介
「屋久島釣り場案内」


[ホームページを始めた切っ掛けは]
1995年(平成7年)屋久島に神奈川県横浜市から移住してきてしばらくしてから、子どもたちとメールのやり取りをするようになったのですが、時間とともに言うこともマンネリになり互いにだんだん億劫になってきて事務的なこと以外あまりやり取りしないようになって来ました。その対策として、返事をしなくてはという強迫観念なしに気の向いたときに見られてこちらの様子やそれとないメッセージも伝えられるだろうという気持ちから始めました。しかしそれ以外にも自分の気持を整理したりして楽しむ効用もあるようです。

[日誌編」と「偏見ご免のたわごと編」についての弁解]
高村薫があるコラムで、個人HPは多分に自分の日記帳の中に留めておいたほうが良いインターネットのクズであるという意味のことを言っています。それは自覚しています。底の浅い人間が一人前のような顔をして評価に耐えないクズを生産しているわけです。しかしそのクズは一人の人間が作られる過程でできた自身の切削クズで、もとの人間と同素材であります。だからスターダストの一片のように夜空にひそやかに輝くクズだとどれか一つでも見てくれる人がいればうれしい。そう思いながらHPを作成しております。

[初めてのサイト名を「My logbook:屋久島生活の断片」としたのは]
「断片」ということに意味を込めています。人が見て考え思うことは、物事の断片でしかないと思います。My logbookの記事ではその視点やそう見る立場を誇るものではなく、また重厚さや正しさを主張するものでもありません。しかしある山道から見た眺めであります。いろいろな道を登っている人の印象と合わせて見れば、その山の全体像が見えてくるかもしれません。そういう意味合いでタイトルを「屋久島生活の断片」としたわけです。
(関連記事)
屋久島生活の断片: No.218 「断片」ということ  [2006(H18).08.14]


[本サイトの名前を「My logbook:屋久島方丈記」としたのは]
2010年(平成11年)都合あって「日誌編」と「偏見ご免のたわごと編」のみを別のサイトにて継続することにしました。私の生活と言えばほとんどの行動の範囲はおよそ半径10m(あるいは20m四方くらい)の中に納まります。医者通い、たまの買い物は月に数度の例外であります。ゴミ捨てや毎日犬の散歩はしますが他人との接触はほとんどないのでおよそ半径10mと行動の性質は変わりません。その中で私がしているのが、庭いじりであり、ニュースやミステリーを主にしたTV視聴であり、ネットでの情報閲覧であり、自己満足作文のHP作成であるわけです。そこで「屋久島方丈記」としました。
(関連記事)
屋久島方丈記: No.001 「屋久島方丈記」命名理由に代えて (2010.06.01)
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「My logbook : 屋久島方丈記」は、「 My logbook : 屋久島生活の断片」の
日誌編 と 偏見ご免のたわごと編 の 継続版です。
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